「手紙」を映画で見る前に小説で読みました

「手紙」という映画を観た人は多いのではないでしょうか。直木賞候補にもなった東野圭吾のミリオンセラー小説「手紙」を原作とした映画です。山田孝之・玉山鉄二・沢尻エリカという、出演者からすると一見アイドル系の映画のようにも思えますが、小説の内容が重厚で考えさせられる作品となっているので、映画も考えさせられる点においては同様のものとなっていると思いました。私の場合、先に小説を読んでいたので、「手紙」を映画劇場で観ることはせずに、先日レンタルDVDで初めて観たのです。映画「手紙」に限らず、小説が原作になっている場合は、先に小説を読むことが多く、また読んでしまうと映画を観る気がしなくなってしまうというところがあります。それは藤沢周平の小説が大好きで、作品のほとんどを読んでいる私にとって、大切にしている海坂藩の叙情的な風景や、そこに貧しく慎ましくも一片の幸せを感じながら生きる人々の息づかいというものが、映画化で壊されたと思うからです。それでも東野圭吾の小説「手紙」がとても考えさせられた内容だったので、DVDで観ることにしたのでした。

映画「手紙」のストーリー

映画「手紙」のストーリーをなぞります。玉山鉄二演じる武島剛志は、弟の直貴(山田孝之)を大学へ行かせるために、金銭目的で窃盗を働くのですが、住人に見つかってしまい殺人を犯してしまいます。そこから直貴は強盗殺人犯の弟という、世間の冷たい目に晒されることになり、それが彼の重い足かせとなっていくのです。孤独感や寂寥感に苛まれる直貴でしたが、そんな中で、服役中の兄、剛志と「手紙」でコミュニケーションを取り続けるのです。まぁそこから先はレンタルDVDで観てもいいでしょうし、小説を読むのでもいいと思いますが、個人的な意見を述べるならば、小説は事実よりも奇ではなく、小説は映画よりも面白いということです。決して「手紙」という映画を否定するものではなく、原作の方がはるかにいい出来になっていると思ったということなのです。 鈴木光司の「リング」「らせん」を読んでから映画を観たのですが、ちっとも恐怖を覚えなかったのですが、感覚的にはそれに近いものがあるのかもしれません。

日本映画よがんばってくれ!

映画をケチつけているようですが、映画は大好きで、甦った東京池袋の新文芸座は文芸座だったころから、ヒマを見つけては足繁く通い、古き良き時代の邦画や洋画をたくさん観ました。新文芸座のお陰で小沢昭一さんがかつて映画に出演していたことを知りましたし、戦後間もないころは街中をギターを弾きながら馬にまたがり、気が向いたらライフルを撃つことが許されていたことも知ったのです(笑)それはともかく、最近は邦画を観る場合ほとんどDVDなのですが、思うにテレビドラマの延長線上で製作しているとしか思えないものが多いような気がします。どの映画作品とは言いませんが、映画には映画でしかできないことというのがあると思うのですが、高望みしすぎなのでしょうか。本場ハリウッドが日本のシナリオを使うケースが多くなっているということは、それだけストーリーには面白さがあると思うのですが・・・。何にしても日本映画よがんばってくれ!と叫びたいですね。

Copyright © 2008 映画「手紙」をDVDで観て思う日本の映画界