サリバン先生をご存知ですか、世界的に有名なヘレン・ケラーの家庭教師です。
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サリバン先生(ジョアンナ(アン)・マンズフィールド・サリヴァン・メイシー(Annie Sullivan Macy、Johanna Mansfield Sullivan Macy、1866年4月14日 ? 1936年10月20日)は通称アニーという名で、ヘレン・ケラーの家庭教師だったことで知られています。ヘレン・ケラーは彼女のおかげで、目、耳、声の三重の身体障害を克服した。奇跡の人というのはヘレン・ケラーのことではなく、このアン・サリバンのことなのです。
アン自身も目の病気の悪化によって盲目となってしまいます。また1876年に緊張型精神分裂病で精神病棟にも入っています。14歳のときに、マサチューセッツ州ウォータータウンにあるパーキンス盲学校に入り訓練と数度の手術の結果、ある程度視力を回復し(だが、光に弱く、常にサングラスをかけていたという。)、1886年には、アンは卒業生総代としてスピーチを行っています。また、在学中には視覚、聴覚障害を克服したローラ・ブリッジマンと出会い、友達になっている。この出会いと自身の盲目の経験が、後のヘレン・ケラーの教育に生かされた事は充分に想像できます。聴覚障害児の教育を研究していたアレクサンダー・グレアム・ベル(電話の発明者として知られる)が、パーキンス盲学校を紹介し、アンがケラー家の家庭教師をすることになったのです。そして1887年3月3日 - ヘレン・ケラーの家庭教師として教えはじめました。その後パーキン協会、ケンブリッジの女子学生対象の大学への進学を援助し、1900年、遂にヘレンはラドクリフ大学(ハーバード大学の女子学部)へ入学することができた。またヘレンの旅行に際してや、様々な講演旅行に彼女の伴奏をすることにより、ヘレン・ケラーを自身の生涯を捧げて支援し続けたのです。
サリバン先生とヘレン・ケラーの出会いは、視聴覚障害者だったヘレン・ケラーの両親は電話の発明者で障害者教育につくしていたワシントン市のアレキサンダー・グラハム・ベル氏を訪れました。彼の紹介で、パーキンス盲学校の校長アナグノス氏に手紙を出して、ヘレンのために家庭教師のあっせんを依頼しました。そこで推薦されてやって来たのが、同校を優秀な成績で卒業したばかりのアンニー・サリバン先生でした。サリバン先生はその後50年間、ヘレンの良き教師であり、パートナーとなって献身的な努力を続けました。サリバン先生は、後にアメリカの著名作家マーク・トウエインが、「ナポレオンとともに『19世紀の奇跡』だ。」とたたえ、聖女といわしめるまでにヘレン・ケラーを育てあげた『偉大なる教師』その人でした。
1887年、当時22歳のサリバン先生が、タスカンビヤにあるヘレンの家へ来たのは、春3月のうららかな朝のことでした。ヘレンに会ってみると、7歳になった彼女は、予想に反して身体はすくすくと伸び、リンゴのような頬をした元気のいい子だったので、サリバン先生はほっとしました。ヘレンは、怒りっぽくて乱暴で、少しも疲れを知らぬようにはね回っていました。そんなヘレンに両親も時には手を焼くことがあるのを知って、サリバン先生は、この子に素直さを教えることは並大抵の苦労ではないと直感しました。しかしヘレンは、頭脳が極めて明せきで、ことに記憶力がよく、適切な教育により素晴らしい子供になれると、サリバン先生は確信したとのことです。
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このいわゆる「奇跡の人」とは、ヘレン・ケラーではなく、アン・サリバン先生のことを言っているのです。それは彼女こそ、ミラクル・ワーカー、つまり「奇跡をつくった人」なのですから・・・サリバン先生がヘレンの教育に成功したのは、その根底をつらぬく教師としての情熱と、ヘレンに対する愛情はもちろんですが、常に「人間とは何か」を問いつづけ、「人間として生きるということはどういうことなのか」を正面にすえて、その観点からヘレンを教育したからであり、また、ヘレンのおかれた状態、その時々のへレンの変化、そしてそのときヘレンに必要なものを見抜き、それに対応していく力があったからです。“三重苦”を乗り越え、社会福祉の向上に尽くしたアメリカのヘレン・ケラー、彼女が、恩師サリバン先生について、こう語っています。「私のうちにあるすべての善きものは、ことごとく先生のものなのです。一つの才能も、一つの向上心も、一つの喜びも、先生の愛の手によって目覚まされなかったものはありません」(岩橋武夫訳『わたしの生涯』角川文庫)
恩を知る心は美しい。生涯、恩を忘れず、報恩の行動を貫き通していくところに、人間として最も深く、最も尊い幸福の劇があるものだということです。ヘレン・ケラーは、3度、来日しています。映画『奇跡の人』は、ヘレンに対するサリバン先生の教育をとおして、「人間とは何か」を感動をもって教え、見る人の魂をゆさぶる数少ない映画の一つであり、教育、なかでも育児にあたる人は、ぜひ一度は見て頂きたい映画です、育児の古典ともいえる映画です。